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『宇宙戦艦ヤマト』以外の記録

ラスボスは黄前久美子:小説『響け!ユーフォニアム 決意の最終楽章』

こんにちは、ymtetcです。

先日、小説『響け!ユーフォニアム』シリーズを一通り、読了いたしました。

そこで色々と思うところがありましたので、今日は書いていきます。

〇『響け!ユーフォニアム』の二つの軸

まずは、『響け!ユーフォニアム』(以下『響け』)の全体像について見ておきます。

この物語は、おおよそ以下の二つの軸を中心にドラマが展開されていると考えます。

  1. 主人公・黄前久美子(以下、久美子)を取り巻く複雑な高校生たちのドラマ
  2. 分断と団結のはざまで揺れ動きながら、部員一人一人が自分たちの目指すゴールに向かって突き進む、北宇治高校吹奏楽部のドラマ

前者は人間ドラマ、後者はチームのドラマだと言えるでしょうか。この二つの軸を中心に、あるいは二つの軸が連動するような形でドラマが展開され、彼ら彼女らにとってのゴールでもあるコンクールを毎回の”決戦”としながら、物語は各巻ごと(『1』『2』『3』『第二楽章』『最終楽章』)に完結していきます。

〇アニメ版と小説『波乱の第二楽章』の違い

二つの軸を中心に『響け』を考えた時に、ひとつ問題となってくるのはアニメ版と原作の大きな違いです。

一つ目の軸である「黄前久美子を取り巻く高校生たちのドラマ」は、原作では基本的に一貫する枠組みです。ところが、アニメ版では、よく知られているように、原作『波乱の第二楽章』が単作映画『リズと青い鳥』として、黄前久美子からは独立したドラマとして成立しています。ゆえに、一つ目の軸はおろか二つ目の軸さえも大部分が取り払われた形で、アニメ版は『波乱の第二楽章』後編のドラマを消費していたことになります。

むろん、映画『リズと青い鳥』自体は素晴らしい映画でした。さらに言えば、原作『波乱の第二楽章』後編を原作通りに描いてしまうと、表面上、アニメ『響け2』の第1~6話と似たようなものとして観客に消費されてしまう可能性が高かったと思います。その意味では、映画『リズと青い鳥』を作ったこと自体は一つの英断だったと思います。

ただ、原作『決意の最終楽章』をアニメ化すると考えた時に、映画『リズと青い鳥』で描かれた原作『波乱の第二楽章』後編部分は、他のアニメ版『響け』と同様に主人公・久美子をめぐって展開した方が効果的だったのではとの思いも、どこか拭えないものがあるわけです。

では、その『決意の最終楽章』について書いていきます。

〇『決意の最終楽章』=『響け』シリーズの集大成

ここからは、まだアニメ化されていない、原作『決意の最終楽章』に関するお話です。

この『決意の最終楽章』、私は『響け』シリーズの集大成的な作品だと感じました。なぜなら、これまで久美子の周囲で白熱していた人間ドラマの葛藤が、よってたかって久美子に襲いかかるから。あまたの問題を克服してきた「黄前相談所」が向き合わなくてはならない最後の敵。それは、久美子自身だったのです。

部長となった久美子の、高校生活最後の夏。その年のコンクール自由曲には、トランペットとユーフォニアムのソリがありました。それはあたかも、一大ドラマを巻き起こした前年度の自由曲「リズと青い鳥」のフルートとオーボエです。

久美子の親友・高坂麗奈(以下、麗奈)は圧倒的な実力でソリを勝ち取ります。それなのに、誰よりも麗奈と吹きたいはずの久美子の立場は危うい状況に立たされていきます。全国常連の強豪・清良女子からの転校生です。

黒江真由(以下、真由)の名を持つ3年生は、久美子の大切な先輩・田中あすかを思わせる銀色のユーフォニアムとともに、北宇治へやってきました。こうして、真由さえいなければソリを任されていたであろう久美子の地位が、少しずつ揺らいでいくわけです。それこそ二年前に、トランペットパートで中世古香織の地位を奪い取った麗奈のように……。

久美子は、部員をまとめる部長として自分に課した理想像と、奏者としての自分に期待する理想像とのはざまで、揺れ動いていきます。

このように、『決意の最終楽章』では、部長となった久美子自身が部の「問題」の中心となっているという、これまでの『響け』からすれば新しいタイプのドラマが設定されています。「逆から見た『響け』」とでも言いましょうか。

であるからこそ、これまで『1』『2』『3』『第二楽章』で描かれてきた「問題」と似た構図が持ち込まれているのでしょう。しかし、今回は久美子自身が部長であることによって、チーム全体のドラマと人間ドラマが曖昧に混ざり合い、相互に影響しあって肥大化していきます。ゆえにドラマの展開としては、これまでの『響け』にはない新鮮なイメージを与えてくれるものとなっているわけです。

こうして、これまで主人公・久美子を中心に、彼女と彼女をとりまく複雑な高校生たちの物語を追いかけてきた読者は、『最終楽章』で久美子自身が葛藤に溢れた人間ドラマの中心へと飲み込まれていく姿を目撃します。

年度当初こそ変わらない姿を保っていた「黄前相談所」は少しずつ、ごく自然に機能を失っていき、最後には久美子自身が相談を請わなければならない立場に追い込まれていくわけです。それなのに、久美子に「黄前相談所」はない。

そしてそのことに、久美子自身も気づいていない。彼女が「相談所」の大切さに気づいた時、初めて『決意の最終楽章』の物語が大きく動き出します。

ゆえに、これまでの『1』『2』『3』『第二楽章』でさんざん久美子が経験してきた物語の積み上げがあってこそ、『決意の最終楽章』には深みが生まれると思います。私が心配しているのは、そこです。

もちろん、映画『リズと青い鳥』が、来るべき『久美子三年生編(仮)』の魅力を削ぎ落とすことは全くもってあり得ません。けれど、映画『リズと青い鳥』で描かれた物語を久美子が目撃してこそ、我々観客が改めて感じ入ることができたものもあったと思います。まぁ一種のトレードオフなのですが、『決意の最終楽章』を中心に考えると、一抹の不安が残るわけなのです。

〇『決意の最終楽章』とアニメ『響け』

ところで、私は本作を読み進めながら、「これをアニメ化したいとは思わない」と感じていました。なぜかというと、この物語はこれまでの小説『響け』のどの作品よりも、アニメ化の難しい作品だと思ったからです。

『決意の最終楽章』で北宇治高校が演奏することになった自由曲は、とても難易度の高い曲として描かれていました。一つ間違えば演奏の全てが崩壊する、危うい曲だとも。私は、この曲はまるで『決意の最終楽章』の北宇治高校吹奏楽部そのものだと思いながら、本作を読み進めていました。

圧倒的な実力を背景に強権を振るう高坂麗奈が部員を統制し、追い込まれていく部員たちを「仏の副部長」塚本秀一がフォローする。この年の北宇治高校吹奏楽部には、「全国大会金賞」を目指して戦う一体感こそあっても、その団結は、いつ崩壊するか分からない危うさをはらんでいました。その中で部長たる久美子は、部の崩壊と分断の足音に飲み込まれ、非常に難しい立場に立たされていくわけです。

本作をアニメ化するにあたっては、テレビアニメとするか、劇場アニメとするか。物語のボリュームからすれば前者だと思いますが、前者だろうと後者だろうと難しさに変わりはありません。一つ演出を間違えばピリピリとした、暗く盛り上がりに欠ける時間帯が続きかねません。ですが、そんな場面こそ、最後のコンクールに向かう久美子たちと、滝昇体制三年目の勝負の年である北宇治高校のドラマには欠かせないものなのです。どのようにバランスをとっていくか。大変難しい舵取りが必要になるでしょう。

ですが反面、最後の一ページを読み終えた時、私は「これをアニメ化してほしい」とも感じました。

アニメ『響け』は、2019年の映画『誓いのフィナーレ』が最終作になる可能性もあったといいます。ですが、この『久美子二年生編』だけでは、彼女の物語でもあった『響け』は完結しません。タイトル的には一年生編で見事完結しているので、ここで終わるのなら、二年生編は作らない方がいいくらいです。アニメとしての『響け!ユーフォニアム』を、黄前久美子の物語として完結させる。そのためには、『三年生編(仮)』を通した久美子の成長を描き切らなくてはいけません。

私もいち観客として、アニメ『響け!ユーフォニアム』の帰還を待ち続けたいと思います。

〇あとがき

『決意の最終楽章』を読んだ後、その時の気持ちをどこかに書き込まずにはいられなくなりました。その気持ちとは、至ってシンプルです。私のような、アニメ『響け!ユーフォニアム』は好きだけど、原作を読む勇気……特に、まだアニメ化されていない『決意の最終楽章』を読む勇気が持てない人へ。

『決意の最終楽章』、面白かったよ!

その思いが伝われば嬉しいです。ありがとうございました。