茜が不安を抱えたワケ:アニメ『月がきれい』レビュー(4)
こんにちは。
アニメ『月がきれい』(2017年春、監督:岸誠二)のレビュー第四回です。
今日は、本作の最終話「それから」をめぐって、水野茜と本作の”リアル”について考えてみます。
〇茜が抱えた不安
まずは、最終話から台詞を引用してみます。違う高校へ進学することになった小太郎と茜の二人が、気持ちのすれ違いによって喧嘩をしてしまう場面です。
小太郎:次いつ会える?
茜:いつでもいいよ。
小太郎:会いに行っていい? 毎週行くから。
茜:(思いつめたように)うん。
(略)
小太郎:片道2時間? 始発で行く。長くいられる。今までと変わんないよ。LINEもあるし。
茜:(声が震え)けど……小太郎くんばっかり辛いのって……。
小太郎:へーきへーき。
茜:私も貯金(引用者注――電車賃にあてるもの)あるよ?
小太郎:無理しなくてもいいって。
茜:(我慢できず)そうじゃなくって!
茜:(うつむく)
小太郎(驚いて)茜、ちゃん……。
(略)
茜:(涙を流し)私、ずっと、不安で……不安で……小太郎くんに……迷惑ばっかりっ……それが、一番つらいっ……どうしたらいいの……?
(略)
遠距離恋愛となるこれからの二人。ここで小太郎は「今までと変わらない」と楽観視しているのに対して、茜は「不安」「どうしたらいいの」と悲観視しています。
このように、茜が小太郎との将来を悲観視していたのはなぜか。小太郎は楽観視していたのに、なぜ茜だけが。今日は、この二人のすれ違いの背景を考えていきます。
〇人格形成過程の違い
もちろん、ここでは男女の一般的な恋愛観の違いが反映されているのかもしれません。それも恐らく正しいでしょう。ですが、今回は二人の人格形成過程の違いに着目して、最終話のすれ違いの背景を探ってみようと思います。
すなわち、年上のきょうだいを持つ茜と、一人っ子で育った文学少年・小太郎の違いが、ここに反映されているのではないでしょうか。
〇ここまでのあらすじ
まず、最終話で茜と小太郎の気持ちがズレるにいたった経緯について、振り返っておきましょう。
最終話、茜の進学先の高校に合格できなかった小太郎は、西尾千夏と同じ市立学校への進学が決まりました。かねてから小太郎に想いを寄せていた千夏は、合格発表の帰り道で小太郎に告白をします*1。小太郎は千夏の告白を断ります。千夏はその後、友人である茜に顛末を報告しましたが、一方の小太郎は茜に報告をしませんでした。そして、冒頭に引用した会話へと至ります。ここで、互いの気持ちにズレが露呈し、二人はしばらく距離を置くことになりました。
先述したように、茜が抱えていたのは自分たちの将来への不安です。一方、小太郎は自分たちの将来について、今まで通り「何も変わらない」と、どこか楽観視しています。茜の不安も小太郎の感覚も正しいと私は思いますが、ここでは気持ちがズレてしまっているのも事実です。ではなぜ、茜は強い不安を抱いてしまったのか。
〇「常識」のインストール
これを解き明かすヒントが、最終話の前半に存在します。以下に引用するのは、小太郎の不合格が分かった後に交わされた、茜とその姉・彩音の会話です。
彩音(姉):まぁ、(不合格は)仕方ないんじゃない?
茜:うん……。
彩音:これからどうすんの、彼氏くんと。遠距離?
茜:(うつむいて)うん……。
彩音:大丈夫?
茜:(むっとして)なにが?
彩音:男子、めんどくさがりだよ。
茜:(再びうつむく)
彩音:茜が泣くの見たくないなぁ。
茜:(再びむっとして)大丈夫!
彩音:別れたら?
茜:(枕を彩音に投げつけ)姉ちゃんのいじわる!
彩音:まぁ、好きならしょうがないけど。
茜:(べにっぽのマスコットを握りしめる)
ここで彩音が妹に語っているのは、「遠距離恋愛は続かない(ならば、別れてしまった方が悲しまなくて済む)」という彼女なりの一般論、すなわち「常識」です。
これに対し、茜は「いじわる」と応じています。枕を投げつけて反発はしていますが、否定もしていません。図星なのです。
ポイントは、二人が同じ部屋で暮らしていること、そしてここまでの物語で、何度も茜が姉に相談している場面が描かれていることでしょう。また、茜が進路に悩んでいた際にも、彩音は独自の視点で茜にアドバイスを送っていることも重要です。
この二人の関係性は、恐らく小さい頃からずっと続いてきたものだと私は思います。なぜなら、年上のきょうだいを持つ私自身も、茜と似たような経験をしてきたからです(笑)。
年上のきょうだいを持つ者は、大人ではない、しかし紛れもなく自分の先を生きている存在と共に成長していきます。その過程で、年上のきょうだいが送る人生から色んなことを学んでいきます。やるべきこと、やるべきではないこと、褒められること、叱られること。年上のきょうだいと同じ時間を共有することによって、自分が将来味わうであろう成功と失敗を、予測できるようになるのです。
このブログでは、これを「『常識』のインストール」と呼んでおきましょう。
茜は先の会話で、「男は遠距離恋愛が苦手だ」という姉の「常識」をインストールしました。これが直接的なトリガーとなって、茜は小太郎との将来を悲観するようになります。それは、茜がこれまで無意識的に下してきた、姉が経験してきた失敗を予め回避しておくための判断の一つです。
だから、小太郎がどんなに「毎週会いに行く」「電車賃はバイトで稼ぐから大丈夫」「始発で行く」「LINEもある」と誠意を示そうとしても、茜はそれを心の底から信じることができない。姉からインストールした「常識」に反するからですね。
〇『月がきれい』の”リアル”
人格形成過程でインストールしてきた、姉の「常識」。また、今回は取り上げませんでしたが、恋愛巧者であるクラスメイトの友人たちからも「常識」をインストールしてきたでしょう。そうして、これまでの人生から組み上げられた茜の「常識」が、小太郎との遠距離恋愛に対する不安を作り出していたと私は考えます。
『月がきれい』は最終話を通して、恋愛の”リアル”だけでなく、年上のきょうだいを持つ中学生の”リアル”をも描くことができた、と言えるのではないでしょうか。
次回のレビューでは、これに引き続き、小太郎くんの「常識」とラストシーンについて、考えることができたらと思います。
*1:なお、彼女の発した「私じゃダメかな?」は、小太郎に自分への”乗り換え”をけしかける言葉ではなく、「私じゃダメ」なことを確認し、想いを断ち切るためのものだと思われます。なまじ、二人は仲がよかったのです。