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『宇宙戦艦ヤマト』以外の記録

流れる緊張感の正体:アニメ『月がきれい』レビュー(2)

こんにちは。

アニメ『月がきれい』(2017年春、監督:岸誠二)のレビュー第二回です。

本作を観ていた際、私は以下のようなことをメモしていました。

いいアニメ。だけど、とても緊張感がある。

なぜ私は、「理想化された純愛」を描く『月がきれい』に、緊張感を覚えていたのでしょうか。

それを考えるのが、今回のメインテーマです。

〇所属コミュニティの違い

本作の主人公である一組の男女、安曇小太郎と水野茜は、学校社会の中で、所属しているコミュニティが根源的に異なります

よって、所属するコミュニティの違いが、常に二人を分断していました。それでも二人は互いに惹かれ合い、共に時間を過ごそうとします。そこに切実さが生まれたから、私は本作から緊張感を感じ取ったのだと考えます。

〇仲良くなるはずのない二人

まず、小太郎は(実質)部員一人の文芸部部長であり、茜は陸上部員です。部活だけ見ても、二人の所属コミュニティは異なることが分かります。

また、日常的な行動を共にする友人も異なります。小太郎は教室の隅でじゃれる男子三人組の一人であり、茜は教室の反対側でおしゃべりをする女子四人組の一人です*1。このように、二人は根源的に、(クラスが同じであるとはいえ)教室の両極端にある全く別のコミュニティに所属しています。

だから、何事もなければ、二人が仲良くなることはなかったはずです。

〇一時的なコミュニティの一致

このように、基本的に全く別のコミュニティに所属している二人ですが、物語のターニングポイントで、二人の所属コミュニティには変化が訪れます。

序盤、互いに仲良くなる前の二人は、体育祭で同じ用具係に所属することになります。結果的には、これがきっかけで二人の関係は急速に接近していきました。日常的に所属コミュニティの異なる二人が一時的に同じコミュニティに所属する……それが、物語を大きく動かしていったわけです。

〇緊張感の正体

とはいえ、二人の所属コミュニティが根本的に変化するわけではありません。それは、物語が進んで二人の仲が親密になっていっても変わりません。小太郎が陸上部に入ることはありませんし、茜が文芸部に入ることもありません。さらに当然ながら、小太郎が女子四人組に、あるいは茜が男子三人組に加入することもありません。すなわち、二人は異なるコミュニティに所属しながら”二人”であることを望んでいきます

そこに、切実さが生まれるわけです。

象徴的なのが、第4話でしょう。第4話は、二人が修学旅行の自由行動を共にするまでの物語でした。

第4話で、二人は、修学旅行の自由行動を共にしようとします。ところが、二人ともそれぞれ元来のコミュニティでの行動を予定しており、二人が自由行動を共にするためにはコミュニティから抜け出すことを求められます。二人の価値観と覚悟、相手への想いの強さが試される局面です。

ここでは、小太郎も茜も苦戦を余儀なくされますが、奮闘の末に二人は出会い、互いの想いの強さを確かめ合います。「二人が修学旅行の自由行動を共にする」、という極めてシンプルな行動に至るまでのストーリーをドラマにできたのは、二人が所属コミュニティを異にしているから、に他なりません。

所属コミュニティの違いを乗り越えて、二人が一緒にいようとする。その切実さに、私は緊張感を覚えていたわけです。

〇「告白」をめぐって

本作は中学生の物語なので、二人が付き合うまでの過程は告白、そして付き合うという最も基本的な流れをとります。そのせいか、実は告白に至るまでの過程は極めてシンプルで、そこに強い緊張感はありませんでした。

ですが、本作が重視していたもう一つの「告白」が、本作に強い緊張感を与えています。それは、所属コミュニティに対する「告白」、すなわち「私は(僕は)安曇君と(水野さんと)付き合ってます」という「告白」です。ここでの所属コミュニティには、家族や学校外の友人コミュニティ(小太郎が所属する「御囃子」のコミュニティ)も含まれます。

もしも二人が元から同じコミュニティに所属していたならば、この「告白」に葛藤はさほど生じなかったでしょう。ですが、何事もなければ仲良くなるはずのない二人が付き合っている、それは中学生にとっては大スクープです。それを自ら「告白」することには強い葛藤が生じます。事実、二人はしばらくの間、学校で言葉を交わすこともありませんでした。さらに「告白」後は、案の定、元来の所属コミュニティの友人から「なぜ?」と問われることになりました。

所属コミュニティが異なるからこそ生じた、「私たち付き合ってます」の「告白」に対する葛藤。容易にそのことを打ち明けられないまま、それでも二人は仲を深めようとする……。先ほどと同じ構造の葛藤が、所属コミュニティの違いによってもたらされていることが分かりますね。

〇所属コミュニティの違いがもたらすもの

所属するコミュニティに根本的な相違がありながら、二人は惹かれ合い、同じ時、同じ行動を共有しようとする。

それが劇中の二人に切実さを生み、それを観ている私に緊張感を与えていました。

今回考えた所属コミュニティの問題は、二人の関係性を考える上で欠かせないものと思います。今回は触れませんでしたが、特に第10話のラストや最終話のエピローグを考える上でも、この視点は大きなヒントを与えてくれるはずです。

本来仲良くなるはずのない二人が、小さな奇跡の積み重ねと互いの努力によって、どうにかして明るい未来に進んでいこうとする。その切実さが緊張感を生み、同時に、本作の魅力を支える一つの柱になっていったと私は思います。

 

*1:男子三人組は教室の後方、女子四人組は教室の前方に位置しており、そこでは”陰”と”陽”を対比させたい作り手の狙いがあると思われます。茜の所属する四人組は明らかに"陽"です。