主題歌は「月がきれい」:アニメ『月がきれい』レビュー(終)
小太郎:あの……あれ、大会って。
茜:自己ベスト更新した!
小太郎:すげぇ! おめでとう。
茜:ありがとう。
小太郎:どうだったのかな、って。
茜:充電、切れて……。
小太郎:えー?(笑う)
茜:帰り、神社いるかなと思って……会えたし。
小太郎:……うん。
小太郎:(水面に映る月を見つめる)
茜:(安曇くんを見る)
茜(モノローグ):なんか、変なの。
小太郎(モノローグ):”I love you."を「月がきれいですね」と訳したのは、太宰治だっけ。夏目漱石だっけ。
小太郎:(水野さんの横顔を見つめる。黒髪が風に揺れている)
茜:(安曇くんの視線に気付き、顔を上げる)……あ。
小太郎:……あ。(顔を逸らす)
小太郎:……つき。
茜:え、月?(夜空を見上げる。満月の光が降り注いでいる)ほんと、月きれい。(笑みをこぼす)
小太郎:(水野さんの笑顔にときめいて)
小太郎:……つき、あって。
茜:えっ。
茜:(うまく言葉が出ない)
二人の間に風が吹く。
小太郎:(じっと水野さんを見つめる)
水面に満月が映る。
(テレビアニメ『月がきれい』第3話「月に吠える」)
こんにちは。アニメ『月がきれい』(2017年春、監督:岸誠二)のレビュー連載。定期更新としては、今回が最終回です。
最後は、主題歌を取り上げます。
本作の主題歌には、オープニングの「イマココ」とエンディングの「月がきれい」の二つがあります。いずれも文字通りの”主題”歌です。
特に、エンディングテーマの題名は「月がきれい」。アニメのタイトルが題名になっています。その歌詞がいいなと思いましたので、今回はエンディング主題歌について、書いてみたいと思います。
〇基本情報
まず、主題歌に関する基本情報を整理しておきましょう。
東山:この曲は作品のエンディングテーマです。『イマココ』とは異なり、今度はヒロイン「水野茜ちゃん」の視点で歌ったバラードです。
オープニングの「イマココ」は小太郎視点、エンディングの「月がきれい」は茜視点で、本作のテーマを描いています。どちらも川嶋あいさんによる作詞です。
アニメ『恋する小惑星』(2020年)でもその実力を発揮されていた川嶋さんですが、本作でも作品に寄り添った歌詞を作っておられました。
川嶋さんと言えば、「桜舞う四月の教室で~」と歌い出される卒業ソング「旅立ちの日に…」がよく知られています。それ以外にも多くの卒業ソングを手掛けられており、卒業ソングの名手といっても過言ではありません。
そんな中、本作は中学三年生を主人公にした物語でした。卒業=別れを間近に控えた中学三年生の心情を歌詞にしていくにあたって、川嶋さん以上の人材はなかなか見当たらないものと思います。実際、どちらの主題歌も、作品と見事にマッチした歌詞で構成されていました。
では早速、エンディング主題歌「月がきれい」について考えていきます。
〇「月がきれい」を聴いてみよう
まずは公式動画から、「月がきれい」を聴いてみましょう。
東山奈央 「月がきれい(TVアニメ「月がきれい」EDテーマ)」リリックビデオ(1Chorus)
なかでも、サビのフレーズに注目します。
いつもどうしていいのかわからなかった
君への想いはこぼれるほどあるのに
つないだ右手もぎこちないキスも
それだけがこの世界の全てだった
「それだけがこの世界の全てだった」の「だった」から分かるように、この歌は、茜が小太郎との恋を回想する形式で歌われています。
歌詞は、さらにこう続きます。
今日も君からもらった言葉を抱きしめている
私にとってそれはまるで月明かり
二人で見上げたあの時みたいにきれい
「今日も君からもらった言葉を抱きしめている」「私にとってそれはまるで月明かり」「二人で見上げたあの時みたいにきれい」。
この三行に、この主題歌の魅力が凝縮されています。
ではここから、この三行を掘り下げてみます。
〇「二人で見上げたあの時みたいにきれい」
前回の記事「最終話の二人を繋いだもの」で述べたように、最終話で喧嘩をした茜と小太郎を繋いだのは、小太郎の書く小説でした。そこから、茜のいう「君からもらった言葉」とは、小太郎の書いた小説、とりわけその終章で描かれていた、
ずっと、大好きだ。
の部分だと思われます。
そもそも、『月がきれい』のタイトルは、夏目漱石が"I love you."を「月が綺麗ですね」と訳した、という逸話に元ネタがありました*1。この前提に立てば、小太郎が茜に寄せた「ずっと、大好きだ。」の言葉は”I love you."、そしてイコール「月が綺麗ですね」。
つまり、
- 「君からもらった言葉」=「ずっと、大好きだ。(I love you.)」=「月がきれい」
だと言えます。
さらに、茜は「君からもらった言葉」について、「私にとってそれはまるで月明かり」であり、「二人で見上げたあの時みたいにきれい」としています。要は、
- 「君からもらった言葉」は、「月明かり」みたいに「きれい」
であるということ。これは小太郎の言葉が茜にとってとても美しく、尊いものであることを示しています。
そしてポイントは、「二人で見上げたあの時」。ここで、今回の記事の冒頭で引用した、『月がきれい』第3話のシーンが重要になってきます。
このシーンは、小太郎が茜に「つきあって」と告げた場面でした。紆余曲折あれ、結局はこれで二人は付き合うわけですから、二人にとって、この出来事は全ての始まりと言っても過言ではありません。
そしてここでも、「月」が重要な役割を果たしています。
小太郎:(”I love you."を「月がきれいですね」と訳したのは、太宰治だっけ。夏目漱石だっけ。)
茜:……あ。
小太郎:……あ。
小太郎:……つき。
茜:え、月? ほんと、月きれい。
小太郎:……つき、あって。
このシーンでは、とてもきれいな「月明かり」が二人を包んでいました。それを見た小太郎は「月がきれいですね」の逸話を思い出し、茜は無邪気に「月きれい」と言う。そして、小太郎は口走った「つき」の勢いのまま、「付き合って」と伝える。この日きれいな光を放っていた月が、小太郎の背中を押したとも言えるでしょう。この日「二人で見上げた」「きれい」な「月明かり」が、二人を「love」で繋いだのです。
〇『月がきれい』の主題歌「月がきれい」
恐らく川嶋さんは、最終話までの脚本を予め読んだうえで詞を書いていると思います。だからこそ川嶋さんは、「月がきれい=あなたのことが大好き」の構図、小太郎が「付き合って」と伝えた思い出、最終話で小太郎が伝えた「ずっと、大好きだ。」の三つを組み合わせて、
今日も君からもらった言葉を抱きしめている
私にとってそれはまるで月明かり
二人で見上げたあの時みたいにきれい
の三行に昇華させたと考えます。
この三行には、
- 茜が小太郎のことを大好きであること(「いつも」「抱きしめている」)。
- 小太郎が茜のことを大好きであることが、茜はとても嬉しいこと(「君からもらった言葉を抱きしめている」「まるで月明かり」「きれい」)。
- 小太郎の紡ぐ言葉が、茜にとって尊いものであること(「君からもらった言葉」「まるで月明かり」「きれい」)。
- 小太郎が想いを伝えてくれた日の思い出が、とても尊いものであること(「二人で見上げたあの時みたいにきれい」)。
これだけの茜の心情が描かれています。
遠く離れていく過去を愛しながら、これからの未来も愛し続ける決意を歌った、『月がきれい』の主題歌「月がきれい」。詞としての完成度と川嶋さんの作家性、本編におけるキャラクターの心情を忠実に(時に本編以上に鮮明なものとして)描き出す主題歌としての完成度、その全てが高められた作品だったと言えるでしょう。
*1:信憑性は怪しいらしいですが。